SSブログ

時を刻み続ける -Rail Road WATCH- [時計]

 私は機械式時計が好きで、当然ながら懐中時計もいくつか所有
している。これはその中でも、懐中時計コレクターにとっては”定番”と
言える品である。


bs.jpg
ILLINOIS BunnSpecial 21J 10kGF

 米イリノイ社の名機、バンスペシャルの21石である。ムーブの
シリアルを調べた結果、1929年製である事が解った。まあ、懐中
時計としてアンティークと呼ぶには少々若ような気はするのだが、
ギリギリOKであろう。 
 ゴールドシャトン、6Position(w/temp)、モーターバレル、スワン
ネックにバイメタル切りテンプ、青焼きされた巻き上げヒゲと、
レイルロード規格のお約束満載である。勿論ケースは10kGFの
Wadsworthだ。

 機械式時計といえばスイスと思われがちだが、スイスの時計機械
技術が世界のトップレベルとなったのは戦後の事で、それ以前は
アメリカ、さらに第一次大戦以前はイギリスとフランスである。

 このILLINOIは"RailRoadWATCH"と呼ばれる鉄道規格のアメリカ製
懐中時計である。


 1891年4月19日、米国のミシガンで大きな鉄道事故が発生した。
単線区間で列車が正面衝突したのだ。原因は西へ向かう列車の
機関士が持っていた時計が4~5分遅れていた為である。機関士は
自分の列車が予定より早く次の交換駅まで行けると判断し、その
駅での列車交換をせずに発車。結果的に定刻で運転していた対抗
列車と衝突してしまったのだ(現代の鉄道規範からすれば、機関士
が独断で列車を早く出すなどあり得ないが)。この事故を受け、
米国鉄道局は、あのBALL社に鉄道業務における時計と時間
管理に関する調査を命じ、RailRoadWatchの規格を制定した。

・視認性確保のため、蓋の無いオ-プンフェイス
・サイズは18、もしくは16
・17石以上
・ 5姿勢以上の精度が一週間で±30秒以内
・華氏34度から100度で誤差を調整
・緩急微調整装置を装備
・時刻合わせはレバーセット(不用意にリュウズを触っても針が
 動かない)
・白い文字盤に太い数字を表記し針も黒く太い物を装備

 上記の要項は商品としての基準となり、RailRoadと呼ばれる
時計は鉄道局御用達と同じ品質基準を表す、グレード名的な
意味合いを持つようになるのだが、私のILLINOIS BunnSpecial21j
は鉄道局の認可を受けたモデルである。
 ちなみにBunnSpecial以外では、Sangamoが鉄道局の認可を受け
たILLINOI製RailRoadとして知られている。


 ILLINOIというメーカーは、どうも今ひとつ目立たない印象では
あるのだが、同時代にはWALTHAM、ELGIN、HAMPDENといった
メーカーの生産数が突出したいた為だろう。しかし生産数では
1930年にHAMPDENを抜いているのだが、この頃は既にHAMILTON
に買収されており、1940年頃には時計史からILLINOIの名は消えて
しまっている。
 ILLINOIは非常に技術力の高いメーカーで、先述のBALL等にその
ムーブメントを供給しているのが興味深い。

 当時の米国では、鉄道時計は全て支給ではなく買い取りであった。
その為、価格を抑える意味でも金無垢ではなく金貼りケースが採用
されている物が殆どだ。当時、時計そのものが高級品であった時代、
鉄道マンにとって懐中時計1つが如何に高価な品であったかは想像
に難くない。その為、これらの米国製懐中時計は非常に大切に使わ
れてきた物が多く、今でも十分実用に耐える精度を保っている上に、
造りそのものが実に堅牢なのである。


 このBunnSpecialは某アンティークウオッチ店で購入した品だ。
時計を専門としないアンティークショップに比べて多少高価では
あったのだが、ある程度専門性の高いショップであれば、当たり
外れのリスクが少なくて済む。
 購入直後はテンプのガンギに極細いナイロン屑が絡まっていて、
ゼンマイのトルクがフル状態でなければ止まってしまうというトラ
ブルはあったのだが、それ以降は日差±3秒という、驚くべき精度で
動いている(季節によって違うのだが)。ホーローの文字盤には6時位置
に3mm程度のクラックがあるが、それ以外にヒビは無くコンディション
は至って上々である。勿論全体を見れば、ケースは年月相応のすり減り
や無数の小キズだらけだが。

 このBunnSpecial、新品時は鉄道マンのポケットの中で、共に広大な
アメリカ大陸を走り回っていたのだろう。その鉄道マンは、引退後も
この時計を大切にし、息子や孫の代まで使われていたであろう事は、
現在のコンディションからして間違い無い。
 そんな時計が、どの様な運命を辿って、どうしてこのような極東の
島国までやってくる事になったのか・・・。




 もし出来る事なら、この懐中時計の最初のオーナーに伝えたい。

 "あなたが大切にし、共にアメリカの大地を走っていた時計は、
  今も私の元で、正確に時を刻んでいますよ"

 と・・・。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。